チャイルディッシュ・ガンビーノ「Little Foot Big Foot ft. Young Nudy」MV解説

MVの解説を試みようと思います
渡辺志保 2024.07.01
誰でも

今日は、最近観て衝撃を受けたMV、チャイルディッシュ・ガンビーノ「Little Foot Big Foot ft. Young Nudy」の解説を試みようと思います。公開から一ヶ月半以上経過してしまったのですが…。

公開されて間もなくラジオ番組でもでこのMVについて喋ったのですが、なかなか尺が足りなかったもので改めてこちらに記したく思います。

そして、ニュースレターへの登録も引き続きお待ちしております。

本題のMVはこちらに埋め込んでおります。

楽曲の背景

2024年5月13日、ドナルド・グローヴァーことチャイルディッシュ・ガンビーノが急遽アルバム『Atavista』をリリース。新作アルバム、と思いきや、このアルバムは元々2020年に発表された『3.15.20』を更新したものなんですよね。各楽曲に編曲を加え、全体的に整えてリリースした、みたいな形です。オリジナルの『3.15.20』は、曲名のほとんどがタイムスタンプで表されていて、例えば「12.38」とか「47.48」みたいな曲名が並んでいました。どうでもいい私事なんですが、私は2020年3月8日に出産して、退院から二日後に『3.15.20』がリリースされたんです。哺乳瓶を洗うという慣れない作業をしながら「難解なアルバムだな〜」と途方に暮れたことを覚えています。ちなみに今回の刷新版に付けられた"Atavista"というタイトルは「隔世遺伝の、祖先伝来の」という意味を持つ"atavistic"という単語が由来だそうです。

そして今回取り上げる「Little Foot Big Foot ft. Young Nudy」は、アルバムリリースに合わせてMVが発表された楽曲です。『3.15.20』には「35.31」というタイトルで収録されていました。リリックには、ドラッグディーラーの父親とその息子が登場します。父親は逮捕・収監されてしまい、家には帰ってこない。そしてやがて息子が父親の代わりになってストリートに立ち、同じ立場に…という内容。<父親不在の環境で育つアフリカン・アメリカンの男の子>を描いた楽曲であり、このように父親の姿を知らずに育つ、そしてストリートの負のスパイラルに組み込まれてしまうというナラティヴもまた、皮肉なことに一つの”atavistic"な側面と言えるのでしょう。

ヒロ・ムライが手がけるMV

MVのディレクターはヒロ・ムライ。ガンビーノの盟友というか右腕というか、このコンビのファンは世界中にたくさんいると思います。二人が手がけるドラマも最高で、最近ですとAmazon Primeでの『mr. & mrs.スミス』や『キラービー(swarm)』、そしてなんといっても『アトランタ(Atlanta)』があります。今回のMVが気になった方は、ぜひ視聴してみてください。特に『アトランタ』ではアメリカ(のとくに南部)において黒人男性として生きることの不条理さをヴィヴィッドに描いています。かなりローファイで分かりづらいところも少なくない作品なのですが、ツイステッドというか、捻りの効いた魅力があり、私は大好きなシリーズです。学ぶことも多いです。

そして、ガンビーノとヒロ・ムライのMVといえば今や再生回数9億回を超える「This Is America」(2018)がめっちゃ話題になりました。

この時も、このMVに隠されたメッセージであるとか、いわゆるイースターエッグを解説する記事がめっちゃポストされたんですよね。私も当時、ラジオで紹介したので、その時の書き起こし記事を貼っておきます(ビッグサンクス to みやーんさん!)

「Little Foot Big Foot ft. Young Nudy」のMVも、やはり「This Is America」の質感に似ていると言えましょう。

渡辺による考察〜暴力とエンターテイメント

まず、MVは全編モノクロの画で展開されます。時代背景は1930〜1940年頃でしょうか。黒人たちが集うジャズクラブ…クラブというよりも小屋のような場所がロケーションです。そこにキラキラのシャイニーなスーツで現れるガンビーノ。女性マネージャーが「あんたたちがジョニー&ザ・パイプス?」と問いかける。MVの中でガンビーノは、ジョニー&ザ・パイプスという名前の男性コーラスグループのリーダーを演じているのです。ちなみにこのマネージャー役を演じているのは『アボット・エレメンタリー』でエミー賞からゴールデングローブ賞までを総ナメにしているキンタ・ブランソン!

「これから観客を魅了してやるぞ!」と言わんばかりのキラキラ笑顔で現場入りしたジョニー&ザ・パイプスに対し、マネージャーは現実を突きつけるかのように「持ち時間は5分。前列の客とは目を合わせないこと。挑発だと見做されるからね。あと、ライブ中に楽器や自分の身体が傷つくことがあっても、当店は一切責任を負いません」と「注文の多い料理店」もびっくりの内容が書かれた契約書にサインするよう迫ります。この、”自分(=アーティスト)が傷ついても一切責任は負わない"という箇所は特に、現代の音楽レーベルとの契約内容を意図的に示しているのかなと感じました。

「盛り上げにきましたよ!」

「盛り上げにきましたよ!」

「黙ってこれにサインしな!」

「黙ってこれにサインしな!」

木の板を貼っただけの粗末なステージの上に立つガンビーノ、もといジョニー&ザ・パイプス。「みなさん、調子はいかがです?」と呼びかけるも、オーディエンスは心底興味なさそうな雰囲気。続けて「父親がいない方は?」と問いかけますが、観客からの反応はゼロ。「この曲はそんなあなたのための曲です」と言い、「Little Foot Big Foot」のパフォーマンスを始めます。陽気でアップテンポなビートに単純明快なコーラス。大袈裟ともいえる振り付け(担当したのはアムステルダム在住のダンサー、Shay Latukolan。このMVを受けてNew York Timesの取材を受けています)。しかし、歌う内容はとんでもなくヘヴィで皮肉が効いている、という点もまた「This Is America」を彷彿とさせます。そしてダンサーともども、わざとらしいほどの笑顔を貼り付けた表情はミンストレル・ショー的でもある。

「お父さんがいらっしゃらない方〜?」「(無反応)」

「お父さんがいらっしゃらない方〜?」「(無反応)」

相変わらずガンビーノたちに1ミリも興味を示さない観客たちですが、曲の中盤、ガラッと空気が変わる出来事が。

一名の男性が立ち上がり、ガンビーノの背後に銃を向けようとします。引き金を引こうとしたまさにその時、振り返ったガンビーノの身体が不意に男性の手元を狂わせてしまい、男性が放った銃弾は自分自身に向けられてしまう。思わぬ形で自らを撃ってしまった男性はその場に倒れ、死んでしまいます。「やべえ…」という表情のガンビーノですが、そのシリアスさを一蹴するように他の観客が高らかに笑い声を発する。それに釣られて、他の観客たちも反応を示し、後半、ジョニー&ザ・パイプスのパフォーマンスは笑顔と大きな手拍子で盛り上がります。

撃ってもうた…

撃ってもうた…

結局、アメリカの黒人、特に黒人男性のエンターテイメントは、誰かが血を流さないと人々の関心を得られない。エスカレートする暴力に助長されないと盛り上がらないのだ、と示しているようです。他の人はどう感じたか分からないですけど、ちょうどこのMVが発表されたのは、ケンドリック・ラマーとドレイクのビーフが激化していた直後。MV公開の約10日前、5月4日にはケンドリック・ラマーによるドレイクへのディス曲「Not Like Us」が発表され、その直後にはドレイクからのアンサー「The Heart Pt.6」がリリースされた、というタイミングでした。このビーフもめっちゃ盛り上がったわけですけど、結局、暴力的なコンテンツ(もちろん、今回のケンドリックvsドレイクのビーフは直接的な暴力は介在せず、あくまでリリカルな面でのみの暴力でした)じゃないと大衆の興味を惹くことができないのだ、という事実の証左となるような出来事だったので、偶然なのかはたまた狙ったタイミングなのか、とても考えさせられました。

全てを見下ろすヤング・ヌーディー

全てを見下ろすヤング・ヌーディー

最後のカットは、全ての成り行きを予言していたかのようにジャズクラブを俯瞰で見る巨人化したヤング・ヌーディー。彼はイースト・アトランタが地元のラッパーであり、21サヴェージの従兄弟でもあります。彼自身もまた、父親のいない家庭で育ったそう。南部の森で何かに腰掛けて話をする(ここではラップだけど)姿は『南部の唄』(1946)に出てくるリーマスおじさんをも彷彿とさせ、「この物語はこれでおしまい、ちゃんちゃん」と子供達に語りかけ、その教訓を諭すかのような雰囲気を感じました。

※ちなみにディズニー『南部の唄』は人種差別、黒人のステレオタイプ化を助長するといった理由で現在は上映やソフトの販売がされておらず、ストリーミング・サーヴィスにも未配信。同作品をテーマにしたテーマーパークのアトラクションは閉鎖&改修が進んでいます。

さらなるコンテンツとガンビーノの終焉

ガンビーノことドナルド・グローヴァーのIG投稿写真。このあと、ヴァイナルに加えて全曲分のヴィジュアルも発表される…だと?

ガンビーノことドナルド・グローヴァーのIG投稿写真。このあと、ヴァイナルに加えて全曲分のヴィジュアルも発表される…だと?

ガンビーノですが、この『Atavista』のほかにもう一枚のアルバム『Bando Stone in the New World』をリリースする旨も告知しています。こちらは、同名の映画のサウンドトラックになるそう。そして、こちらのアルバムの発表をもってチャイルディッシュ・ガンビーノとしての活動を終えるそうです(本名、ドナルド・グローヴァーとしての活動は継続するでしょう)。とりあえずめっちゃ楽しみです。

…と、この記事を下書き状態で塩漬けにしていたところ、日本時間の7/1、いよいよ『Bando Stone in the New World』に関する情報がアップデートされ、トレイラーが公開されました!タイトルの「バンド・ストーン」ってのは役名なんですね。SFスリラー的な内容なのでしょうか。クレジットにはヒロ・ムライはもちろん、『アトランタ』などドナルド・グローヴァー作品には欠かせないメンツの名前もありました。

そんなわけで、チャイルディッシュ・ガンビーノ「Little Foot Big Foot ft. Young Nudy」のMV解説でした。本記事に関する感想やニュースレターで取り上げてほしいトピックなどあれば、ぜひコメント欄でお教えください。

【お詫びと訂正】

6月24日に配信した「ラップ楽曲のClean ver.について」において、佐藤公郎さんのお名前の表記に誤りがございました。公郎さん、改めてお詫び申し上げます。

無料で「渡辺志保のヒップホップ談話室」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

読者限定
脳出血で倒れてしまった…という報告です
読者限定
年齢を重ねたラッパーは何をラップすべきなのか
誰でも
「茶話会」イベント御礼〜日本のヒップホップ離れ小島、フェスのジェンダー...
誰でも
【告知】トークイベントを開催します!
読者限定
歯にベニアを貼る〜ギャルのことを知りたい!
誰でも
Bonberoのワンマンライブと若者の間に流れる時間の速さ
読者限定
デューク・デュースへのインタビュー/地元メンフィスとクランク、「チーム...
誰でも
ラップ楽曲のClean ver.について